藤廼家 雑記帳

 店名由来 

 藤廼家初代店主、順市は足袋職人として商店を経営しておりましたが、そのかたわら割烹料理店を開業致しました。
店名は妻、ふじの名前を文字って「ふじのいえ」を漢字に直し、藤廼家(ふじのや)と命名致しました。 「廼」と言う漢字は現在はあまり使われませんが、昭和初期までは「火廼用鎮」等々によく使われておりました
 順市は若い時からハイカラさんとして有名だったようで数多くの遺品からも窺い知る事ができます。
妻ふじは文盲でしたがとても頭が良く、飲み代を付けで帰っても、お客様の飲食代金は何日後でも覚えていたようです。
 芸者さんが来ると玉代も長火鉢に線香を立てて時間の管理をしており、芸者さんの数が多くて線香の
 数が増えてもどれが誰のものなのか即答できたそうです。
   私事ですが藤廼家と云う店名が大好きです。


  玉代?

  池田町には昭和半ばまで100名以上の芸者さんが居りました。
 当時の池田町は蚕糸工業が盛んで、蚕糸工場も何社かあり、近隣市町村からも大量の蚕糸が持ち込
 まれたり人の流れも盛んでした。
 当時は安曇一の賑わいで商店もお客様で溢れておりましたし、料理店や割烹では近在の蚕糸農家の方
 や商店主、会社員等が芸者さんを呼んで大盛況でした。
 宴席に芸者さんを呼ぶと玉代と呼ばれる報酬をお客様が払いますが芸者さんには玉札と書かれた名刺大
 の札が渡されて、月末に換金されるのです。
 玉代一本が一時間でいくらと決まっており、指名で他の宴席から呼んでもらうのを「是非貰い」と呼び、割高
 になりました。

  一升盛について     

  一升盛とは粉の量や生麺量での一升ではなく、創業の大正年間に宴会等で大皿に何人前か一緒」に
 盛ってお出しした事が始まりのようで、当時の大正ロマン華やかな時代の言葉遊びから「いっしょ盛り」
 が「一升盛り」と呼ばれるようになったそうです。
 以来、池田町では一升盛りが定着し現在にも引き継がれております。
 当店での一升盛はざるそばの約三人前を大皿に盛ってお出し致しております。

  

  当店最高記録保持者       

  一升盛をお一人でお召し上がりになる方は大勢おられますが、当店最高記録はーーー。
 お一人で四升盛り(生麺量2400g)を一度に召し上がられたお客様です。
  その、お客様は故丸田公雄先生(昭和50年代当時、外科医で信州大学医学部教授)で月に一度、
 池田町の安曇総合病院に外科手術の執刀にお見えになられては、その度ごとに、事務長、病院長
 はじめ医師全員出席での夕食会となるのですが丸田流と呼ばれる先生独特のそばの食べ方があ
 るのです。
 丸田教授はそば前に日本酒を二合程と少量の御料理をお召し上がりになり、そばに取り掛かるの
 ですが、一升を食べきる直前に次の皿が出せるように万全の準備をして待機、タイミング良くお出し
 するのですが大変でした。
 丸田教授がお召し上がりになっている間は誰一人として話し掛ける事すら許されません。
 そばつゆ、茹で湯をつゆ代わりにと、イッキに四升を召し上がられますが、速さ、量ともに、未だに、
 この記録を破るお客様はおりません。

  

  茹で湯について

 そばを茹でるとそばの成分の大部分が茹でた湯の中に溶け出すと言われております。
 そばを楽しんだ後には茹で湯を飲む事でお湯に溶け出した栄養素を補給できると言われております。
 その他にも、そばを食べると体を冷やすので食後に茹で湯を飲む事で体が温まりバランスがとれて
 良いとも言われております。
 ちなみに地元では茹で湯を「うで湯」、「そば湯」とも言います。
 昔はよく、近所のおばさんがやかんを持って来て「うで湯をちょうだい」って、うで湯だけを持って帰っ
 ていく事がよくありました。 もちろん、無料で!
 「そば湯は血圧にいいし、体にもいいで、そのまま飲むだいね、ありがとね」と常に言っておりました。
 皆さんもそばを食べたら、必ず、茹で湯は飲んで下さいね。

   

  一升盛りの変わった食べ方のお客様       

  以前、安曇総合病院に居られた、小児科の先生のユニークなお召し上がり方が印象的でした。
 まず、瓶ビールを一本召し上がりってから一升盛りのそばをつゆも浸けずに肴にしがら、日本酒を
 五合程召し上がります。そして、残ったそばはつゆを浸けて召し上がるのですが、彼の先生曰く、
 「酒の肴にはそばが一番だ」とおっしゃておりましたのが忘れらません。

  

  そば前        

  そば好きには無くてはならないものにそば前がございますが、最近はビールをそば前に召し上がる
 方も多くなりましたがーーー。   やっぱりそば前は日本酒ですよね!  池田には美味しいお酒が
 あるんです。福源酒造と大雪渓酒造という昔からの作り酒屋さんがあるんですが、それぞれに個性の
 あるお酒を一生懸命に良いお酒を造っておりますが、池田の風土にあった おいし〜い、お酒です。
 その土地の水で打ったそばにはその土地の水で作った酒が一番相性が良いんです。
 ご自分の舌で安曇野池田の培った風土をゆっくりと楽しんで見ませんか?

  ソースかつ丼について      

  池田町のソースかつ丼は昭和初期より各店独自のソースを開発して使用致しておりますが、現在
 も代々、引き継がれたソースの味を守るお店がございます。
 当店にも先代より引き継いだ自家製ソースがございますが、今もそのソースを作り続けております。
 炊きたてのご飯に刻みキャベツをたっぷり乗せ、揚げたてかつをソースに潜らせて乗せたものです。
            是非一度ご賞味頂ければ幸いです。

  

  灰焼きおやきについて             

 現在、長野県でおやきと言えば軟らかなおやきが有名ですが、おやき通曰く「ありゃ、饅頭だじぃ 
 おやきじゃねぇじぃ、やっぱ、へぇの付いた かてぇ〜のがおやきだいねぇ」と申しております。
 昔から灰焼きおやきは主に山間部で食べられておりましたが池田町でもマラソンで有名になった
 中山竹通さんが生まれ育った、広津地区をはじめとして池田町東山山間部一帯の農家では昔から、
 残り物の野菜や漬物を利用して小麦粉や小麦粉に少量のそば粉を練りこんで作った皮に具を包み
 囲炉裏の灰の中に入れて灰の熱で蒸し焼きにしたものを農作業や山仕事等に持って行き昼食の
 弁当として利用しました。
 最近は囲炉裏もなくなったり、作る方も少なくなりました。現代人には灰の付いたおやきには抵抗が
 あるかと思いますが、それを食べて育った者にとっては懐かしい味と言えるでしょう。
 灰おやきは焼きたては比較的軟らかいのですが、冷えると硬くなり、知らない人には、とても食べ物
 とは思えないようですが、電子レンジで暖めて直して食べれば、とても美味しいものです。
    噛めば噛むほどに口の中に旨さが広がります。
               是非一度、味わって頂きたい一品です。

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